前作「刺青の男」は過去のアウトテイクの焼き直しでしたが、83年の本作「Undercover of the Night」はピカピカである(当時)。特筆すべきは録音とミックスが秀逸でハイレゾ時代の今でも音の質感を楽しめる音響設計。もう一つはヒップホップやNYの最新ディスコなど、時代に向き合った曲作りに取り組んだこと。キースはこのアルバムにおけるミックの歌詞は、シニカルな視点を交えた社会問題の提起に、ユーモアにも長けた素晴らしい詩であると評している。アルバム後半の曲群が、従来のスタイルであり、中途半端で完成度も低くいという批評を聴きます。確かに同意できる部分が多々ありますが、私のように従来のストーンズ・スタイルを求めるファンにとっては愛すべき作品です。
- Undercover of the Night
- She Was Hot
- Tie You Up (The Pain of Love)
- Wanna Hold You
- Feel On Baby
- Too Much Blood
- Pretty Beat Up
- Too Tough
- All the Way Down
- It Must Be Hell
1. Undercover of the Night
“Street Fighting Man”もそうですがミック・ジャガーが時たま見せる社会風刺に、換骨奪胎したヒップホップのスタイルで表現したのでしょうね。ヒップホップには社会批判の側面があるので、この曲も独裁政権下での政治的抑圧を伺わせる内容であり、プロモビデオもその趣旨に添い、キースもミックも緊張感ある演技を披露する。ストーンズの歴史の中では奇抜な曲かもしれないが、後年のアルバムでも試みるスタイルの先駆け的存在。ギターの鋭いフレーズでストーンズらしい仕上がりをしている。
2. She Was Hot
5本の指に入る好きな曲。チャク・ベリー風ギターにスチューのブギウギ・ピアノのイントロは、ストーンズ流ロックンロールとしてツボを押さえた音作り。歌詞の一字一句が練られたユーモラスな歌詞は秀逸であり、終盤に向け盛り上がる構成は音単体でも楽しめる。ジュリアン・テンプル監督によるプロモビデオでは、セクシーなディーヴァとミックやキースが絡むコミカルな演技とオールディーズ風な演奏シーンが面白く、特にディーヴァの熱い吐息に興奮した男性のズボンのボタンがはじけ飛ぶ表現はやりすぎ感がある。(実際にMTVでは締め出しをくらう)ディーヴァのマネージャーをチャーリー・ワッツが演じてはまり役。このプロモをみて笑えるのはおじさんだけなのでしょうね。
3. Tie You Up (The Pain of Love)
「愛の痛みとは何故こんなにも神聖なのか」自分を縛り上げてくれとちょっとSMチックなのかもしれない。
4. Wanna Hold You
キース・リチャーズがリードボーカルを務める曲で”Little T&A”と同系統のシンプルなロックンロール。単調なリズムだがベースは弾むし、キース自身のボーカルの重ねも凝っている。ギターとボーカルを真ん中に寄せたミックスは大胆だが、サウンドの質感は悪くない。フロアで踊れるロックを狙ったのだろうか。
5. Feel on Baby
少しダブの雰囲気も入ったレゲエ。ギターのリフも作りこまれ、エフェクトをかけたハーモニカも猥雑な雰囲気を醸し出す。サウンド設計の素晴らしさもあり実にストーンズらしいレゲエに仕上がっている。スライ&ロビーが参加している。
6. Too Much Blood
ミックがラップで当時パリでおきた佐川事件に言及している。血まみれなのだが曲調はディスコぽく “Heart Breaker” を彷彿とさせる切れのあるホーンにベースも弾み、派手な演出である。キースは不参加。ミックの曲だというのは分かる。ストーンズらしくはない。
7. Pretty Beat Up
ロン・ウッドもクレジットに入っているので主な作者はロンだろう。1980年代のニューヨークのディスコシーンを意識したファンキーなビートとグルーヴ感でデビッド・サンボーンのアルト・サックスがダンス・フロアにぴったりのサウンドを作り出している。ロンも自身のソロ・ライブアルバム「Slide On Live」で再演している。
8. Too Tough
前曲までヒップホップやNYの最新ディスコシーン等と向き合い、そのスタイルを取り込もうとしてきたようだが、ここから終盤3曲は従来通りの安心のストーンズ節が続く。「最初は毒で2回目はドラッグでナイスなトライだったね」やろうと思えば「20ラウンドまでやれるぜ」等、歌詞に一読の価値はある。タフでエネルギッシュなロックだが、少しギターの絡みに捻りが無いのが残念かな。
9. All the Way Down
シンプルでストレートなロックンロールで、ストーンズ流のロックが好きな私にとってはたまらない一曲。21歳の頃の純粋で無邪気な自分と、恋愛の痛みで得た教訓が描かれています(笑)。ミックの歌う歌詞はラップ調で、自伝的かつシニカルでコミカル、自虐的でエロティックです。ただ、曲のタイトルとリフレインがもう少し魅力的であればと思う。ギターの刻みは心地よいものの、明快なギターリフがないため、ライブや大衆受けが難しいのかもしれません。
10. It Must Be Hell
地球規模の食糧事情や貧困格差と教育問題、フードロス、宗教等現在に至る問題をシニカルに取り上げる。ミックが書いたのであろう歌詞は、シニカルでありこのメッセージは当時高校生の僕を揺さぶったのだろう。構成は最後まで単調さを回避しているが、タイトルと歌詞のリルレインがストレート過ぎていま一歩魅力がない。ミック主導なのかもしれないギターのリフは単調だが力強い。リフの再利用は ”Honky Tonk Women” からか「Exile on Main Street」 の ”Soul Survivor” からでしょう。
あとがき
ミック・ジャガー主導らしい新しいスタイルに挑戦したアルバム。キースもミックに賛同を示していたが、もう少しストーンズのスタイルに留まるべきだったと後悔もしているようです。二人のアルバムに対する評価は。発売時の強気な態度は若干後退し、現在ではまあまあといったところの様です。現在の視点では派手にヒップホップに振った曲に時代的なズレを感じますが、私が言うのもなんですがアーティストとしてナイストライだと思います。
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