『メインストリートのならず者』1972年の作品。アルバムは、ストーンズが所有していた録音用モバイル設備を、当時キースが借りていた南仏の別荘に持ち込んで録音している。スタジオ録音にあるクリーンな空気感ではなく、ボブ・ディラン&ザ・バンドの「ミュージック・フロム・ビッグピンク」を思わせるこもった音の質感で録音されている。ジャケットの奇妙な写真のコラージュと相まって、彼らの前後作と比べても異質な雰囲気のアルバムになっている。南仏の気怠い暑さに、煙草の煙の充満した地下室。都会から離れ辺境の地で、作業に没頭するメンバー様子が、録音時のスナップ写真から垣間見える。
この作品はスワンプ・ロックのスタイルを取り入れている。それは白人的なロックにアメリカ南部の黒人的なフィール、ブルース、ゴスペルやソウルの影響が融合したルーツ色の強いスタイル。
- Rocks Off
- Rip This Joint
- Shake Your Hips
- Casino Boogie
- Tumbling Dice
- Sweet Virginia
- Torn and Frayed
- Sweet Black Angel
- Loving Cup
10. Happy
11.Turd on the Run
12. Ventilator Blues
13. I Just Want to See His Face
14. Let It Loose
15. All Down the Line
16. Stop Breaking Down
17. Shine a Light
18. Soul Survivor
1. Rocks Off
アルバムのオープニングはストーンズらしいロックンロール。イントロからゆるく始まるが、塊となった演奏の迫力と音圧は、上り調子のバンドの勢いを物語る。中央で快調に飛ばすチャーリー・ワッツのドラムとギター2本のアンサンブルがストーンズ・サウンドの要だが、ピアノにブラスを加えたバンド演奏は厚みを増し、徐々にスピードを上げ盛り上がっていく。歌詞は「ダンサーが俺の上でスピンする」とセクシャルでスリリングな内容で、シャウトを交えたミックのボーカルは素晴らしい。ボーカルが演奏に対し、立っていないミックスに不満を持つのは十分理解できる。
2. Rip This Joint
ミックとキースのツイン・ボーカルが、エネルギッシュでパンキッシュな勢いまかせの曲。ロカビリーっぽいロックンロールだが、どちらかといえばリトル・リチャードやサックスも入ったニューオーリンズのR&Bを感じさせるロッキン・ブルース。徐々にスピードアップするライブバージョンが、1973年のツアーの記録「Brussels Affair」で正式に聴けるようになった。こちも最高。
3. Shake Your Hips
緩さと温かみが持ち味のスワンプ・ブルースマン: スリム・ハーポによる1966年のヒット曲。奇妙なエコー感の中、筋力を感じさせないリズムギターとタムが機械的に響き、ミックが「腰を振れと」とひたすら淡白に吟ずる。最初あまり魅力を感じなかったが、
ジョン・リー・フッカーの「Boogie Chillun」影響下にあるスリム・ハーポのオリジナルを聴き、この曲の魅力に気づいた。1966年発売のストーンズのライブ アルバムのタイトル「Got Live If You Want It!」はスリム・ハーポのヒット曲「Got Love If You Want It」のもじり。
4. Casino Boogie
ストーンズのオリジナルだが、エディー・テイラーによるウォーキング・テンポのリズムギターが特徴的なジミー・リード スタイルのブルース。これにスライド・ギターが絡むのがストーンズ的。ジミー・リードはブリティシュ・ロックに多大な影響を与えたブルースマンで数々のカバー曲が存在する。ストーンズはファースト・アルバムで“Honest I Do”をカバー。
5. Tumbling Dice
ミック・ジャガーのメタファーかもしれない、女垂らしのチンピラ風ギャンブラーのリスキーなお仕事のお話。世界線が「Rock Off」と同じでしょうね。キースのリズム・ギターも名演だが、ミック・テイラーのスライドがイントロから終盤まで大活躍する。スライドが主役といいたいが、ミックの歌唱もロスでダビングした黒人女性陣のゴスペル風コーラスも全てがいい。是非後半のドラムの怒涛の展開を聴いてほしい。この展開はチャーリー・ワッツに蛇足と反対され、プロデューサーのジミー・ミラーが自らドラムを叩きこれが名演となった。70年代のストーンズを代表するヒット曲。
6. Sweet Virginia
イントロに絡むハーモニカの音色も抜群ですが、渋いミック・ジャガーの歌声に寄り添う、キースとカントリー・ロックの雄グラム・パーソンズが奏でるアコギの音色の素晴らしさ。間奏における南部人ボビー・キーズのサックスが曲のいなたい雰囲気にマッチしている。ルーム・アンビエントと表現するらしいが、バンド演者の室内空間での位置関係が生々しく感じられる音像設計は、アメリカ南部の鄙びた酒場で生演奏を聴いているような心地のよさ。
7. Torn and Frayed
クレジットはないがグラム・パーソンズとのコラボ曲。曲の基礎は彼とキースによるカントリー・ロック。グラム人脈のペダルスチールが活躍し、ミック・テーラーはベースを弾いている。キースとミックのツイン・ボーカルが魅力。ブラック・クロウズがライブでカバーしている。
8. Sweet Black Angel
黒人解放運動に積極的に関わり、1970年に政治的な理由で逮捕されアンジェラ・デイヴィスにインスパイアされた曲。ミック・ジャガーが「アンジェラを救え!」のポスターを見たことがきっかけにこの曲を書いたそうです。シンプルなフォーク調ですが、重ねたボーカルにコーラス、ハーモニカやグイーカ等の民族楽器の音色が異国情緒の曲にしている。
9. Loving Cup
69年「Let It Bleed」制作時のアウトテイクが拡張版で聴けるようになりました。好みとしてはそちらのルーズなバージョンがいいのがですが、カッチリとまとまっている正式バージョンはまた違った魅力がる。ピノアための曲と言ってもいいほど、ピアノのニッキー・ホプキンスが演奏の中核をなすが、ドラマちっなメロディを歌うミックとキースのハーモニー・ボーカルがやはり聴きもの。アコーステックな曲調ながらコーラスやブラスによるフルバンドの厚い演奏が盛り上げる。
10. Happy
キースが歌う。「宵越しの金は持たねぇ」「俺のポケットには穴が開いている」「うるさい教育ママをハッピーにしことなんてねぇ」なんて歌うキースの様がカッコいい。一見阿保みたいなタイトルだと思いますが、そこまで能天気な歌詞ではなく、むしろ愛すべき素敵なバッド・ボーイズ・ロック。74年頃のステージではキースがリードでミックが合いの手やボーカルでもサポートしていたが、近年ではミックの休憩タイム。
11. Turd on the Run
ブルースの影響を受けたアップ・テンポな曲。ミックのハーブがいい味を出している。内容は「アンタのズボンにすがりついて懇願したけど・・」等少しユーモラスな要素が含まれている。2004年東山彰良「逃亡作法”Turd On The Run”」はこの曲へのオマージュでしょうね。
12. Ventilator Blues
換気扇のブルース。南仏ヴィラの地下室の換気の効きは相当悪いのでしょうね、ドラッグの禁断症状による体調不良をドスの効いた声でミックが訴える。
13.I Just Want to See His Face
クリント・イーストウッド主演のニューオリンズでの娼婦連続殺人事件を描いた映画「タイトロープ (Tightrope)」のワンシーンを思いだす。ニューオリンズの路地からほど近い洗濯物シーツが何枚も干してあるスチーム蒸気のむんむんのシーン。蒸気の中から「大丈夫。大丈夫・これ聴いてリラックスしろよ」とくぐもったミックの声が聞こえてくる。アルバムの多彩さを象徴する、ゴスペル・呪術的な怪しい雰囲気。確かトム・ウェイツがこの曲がフェイバリットだと言っていた。
14.Let it Loose
マーティン・スコセッシ監督の2006年の映画「ディパーテッド」に使われた曲。ストーンズに密着しステージの裏に迫ったライブ・ドキュメンタリーのタイトルも”Shine a Light”。監督はストーンズ流のゴスペル・バラードが好きなんですね。 後にハンブル・パイに合流するバネッタ・フィールズ、クラウディ・キングにDr. ジョンを加えた、ゴスペル風バック・コラースが素晴らしい働き。ニッキー・ホプキンスのピアノとメロトロンで参加。名曲です。
15. All Down the Line
キースのギタープレイは、激しく刻みながらも独特の間を持つ奏法で、「ダーティー・ワーク」を経てソロ「トーク・イズ・チープ」へ至るスタイルを確立した素晴らしいプレイ。ミック・テイラーのスライドもスリリングに舞い、こちらも一世一代、後世に残る名演。バンドにゲストを加えた演奏は、厚みがありながらも疾走感が抜群で、中だるみのない凝縮された展開は最後までハラハラ聴かせてくれます。終盤におけるミックのアドリブ・ボーカルが最高!ストーンズ流ロックン・ロールの素晴らしい一曲です。シングルボックス・セットでは、バネッタ・フィールズらによる女性バックコーラス加えたを派手なバージョンが聴ける。
16. Stop Breaking Down
デルタ・ブルースの父、ロバート・ジョンソンのカバー曲。ミック・テイラーのスライドがこの曲でも最高だが、ミック・ジャガー弾くリズム・ギターのノリが素晴らしい。エリック・クラプトンの74年のアルバム「461 Ocean Boulevard」でカバーしたロバート・ジョンソンの「ステディ・ローリング・マン」では当曲と同じようなギターリフを聴かせている。ブルースを歌わせれば、ミックの熱いボーカルとスリリングなハープはさすが名人芸。キースは不参加。イアン・スチュワートがピアノを弾いている。
17. Shine a Light
ビリー・プレストンがオルガンで参加した「地の塩」「無常の世界」の系譜にある、アルバム終盤を盛り上げるゴスペル風の曲。歌詞は「払えきれない程お前にたかる蠅ども・・・光あれ」と汚い都会で生きる女性の魂の救罪をについて。単純なイエスを称えるゴスペルではない。
18. Soul Survivor
アルバムの締めの曲は海賊の曲。ジョニー・デップ主演「パイレーツ・オブ・カリビアン」とこの曲は少なからず同じ世界観がある。”Mutiny” “Cut Throat Crew”等の頻出単語も登場する。あの映画のストーリーには英国人が根っこに持つ海賊ネタがあるのでしょうね。歴史に残る名曲ではないかもしれないが、アルバムの締めに相応しいエネルギッシュで鉄壁のアンサンブルを聴かせてくれる。
あとがき
発売当時、批評家から賛否両論だったが、後年その評価は見直され、今日ではストーンズの最高傑作と言われている。私も初めて聴いたときは返品したいくらい馴染めなかったが、間もなく私の音楽人生とお金の使い方を今に至るまで変えた、罪なアルバムです。同じ沼にハマった諸兄も同感でしょう。
本作の評価はストーンズのメンバーも概ね最高傑作と認めるところ。演奏にほぼ参加していないベースのビル・ワインマンに、ストーンズ加入前で当時はフェイセスに在籍していたロニー・ウッドも本作が最高傑作だと発言しているのが面白い。
最近まで特に性的な意味はないと思っていたが、” Rocks Off”とは「射精」や「勃起」を指すスラングのようです。Primal Screamの「Rocks」も同様の意味だそうだ。つまり”And I only get my rocks off while I’m dreaming”で夢の中でしか絶頂に達しないということ。当時はグルーピー達が寝たロックスターの数を競う世の中であり、歌詞を解釈すれば、出待ちをする彼女らの声なき欲望が聞こえてくるそうだ。それにいちいち応えていたら、すっからかんの出がらしになっちまったという事だと解釈している。
ボーカリストとしてはこのアルバムのミックスに不満を持つのは理解できる。演奏に対し声が立っていないから。リミックスはされていないが、リマスターされた音は多分に不満を解消していると思います。
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