『スティール・ホイールズ(Steel Wheels)』は1989年にリリースされたストーンズの復活を象徴する作品。前作『ダーティ・ワーク』(1986年)以来3年ぶりのアルバムで、長年不仲だったミック・ジャガーとキース・リチャーズの関係修復を経て制作された作品。これにより、8年ぶりの日本を含むワールドツアー(Steel Wheels Tour)が実現し、ストーンズの復活を世界に印象づけました。19歳のマンディ・スミスとの婚約で当時世間を賑わせたベースのビル・ワイマンが参加した最後のスタジオアルバムとなりました。(とはいえ結婚準備で忙しいワイマンの代わりにロン・ウッドがベースを弾いているのでほぼ参加していないに等しい。)

- Sad Sad Sad
- Mixed Emotions
- Terrifying
- Hold On to Your Hat
- Hearts for Sale
- Blinded by Love
- Rock and a Hard Place
- Can’t Be Seen
- Almost Hear You Sigh
- Continental Drift
- Break the Spell
- Slipping Away
Sad Sad Sad
イントロから「メインス・トリートのならず者」の”ロックス・オフ”を再びといった様子ですが、アルバムのオープニングに相応しいストーンズらしいナンバー。ルーズさを感じさせないきびきびとしたリズムにパキッとしたギターのアンサンブルは、リードもリズムも一体となった新たなスタイルの確立です。「お前を軌道までぶっ飛ばす」という過激なセリフで始まり「全てはファイン」と収める辺りは、男女関係でなければ、修復されたキースとミックの関係を思わせます。歌詞にストーンズらしいユーモアが戻ったのが「ダーティ・ワーク」との違いですね。”Teas of Rage” という歌詞が登場するのもうれしい。初来日公演の東京ドームでも披露されミックもギターを弾いていました。数ある名曲のなかでは埋もれてしまいますが、いい曲だと思います。
Mixed Emotions
スタジオでの演奏シーンで構成されたプロモビデオも大きく宣伝され、再始動を待ち望んだファンの話題となりました。キースはうまく行かなければ3日で戻ると言い残し、バルバドスでミックと会談に臨んでいます。(言動がいちいちカッコいい)出会い頭互いに文句もあったようですが結果は良好で、早々にメドのついた曲のひとつ。「複雑な感情」なのはお前だけじゃないという相互理解を経た関係修復は、離婚危機を乗り越えた夫婦関係を思わせます。既視感のあるリフは少々単調ですが、構成も練られた復活をアピールする話題性十分なリード・シングルでした。全米5位、Mainstream Rockチャートで1位のヒットを記録。
Terrifying
プリンスのロックサイドを思わすファンキーなロック。随所でストーンズらしいアレンジがありますが、ミックのソロに近いスタイルで個人的にはピンときませんでした。しかし今回冷静に聴くとドラムのグルーヴ感とタイトなアンサンブルはキース主導ではないかと思っています。キースのソロアルバム「Talk is Cheap」収録曲 “Big Enough”や”Struggle”らのグルーブ間の相似を感じます。
Hold On to Your Hat
ミックと縁の深いリビング・カラーのヴァーノン・リードがギターで参加していると思っていましたが、そんな事実は確認できずキースがリード、ミックがリズムを弾いているようです。高速でたたみかけるギターが激しいハードロックですが、リズム的には単調。新機軸ですがここまで早いとストーンズらしさをあまり感じません。
Hearts for Sale
ミディアムでブルージーな典型的なストーンズのサウンドとの見解が多いです。キャッチーさには欠けますね。
Blinded by Love
愛によって判断を誤り、破滅に至った歴史上の人物アントニオやサムソンが歌詞に登場します。歌詞を監修したのは弟クリス・ジャガー。壮大なテーマですが、ミックのソロ・アルバムでも印象的だった平穏なカントリー風です。
Rock and a Hard Place
ゴミだらけのエデンの園、自由や人権がもたらす弊害をも言及する黙示録的世界観と意味深なメッセージ。ミックのボーカルは気合いが入っている。展開も練られ、スピード感のある構成は”アンダー・カバー・オブ・ザ・ナイト”や”ミス・ユー”、女性コーラスなど過去の名曲の要素を再構築したように思えます。ダンサンブルでアルバムでもトップクラスの出来との意見もありますが、複数のギターによる厚みのあるアンサンブルは良しとして、メインのギターリフに魅力がなく、さほどロックを感じないのが痛いです。タイトル”Rock and a Hard Place”は慣用句で「八方ふさがり」や「前門の虎、後門の狼」といった意味を持つ英語の表現だそうです。
Can’t Be Seen
キースの照れたような感情を隠さない歌声に確かな進歩が伺えます。ツヤのあるリード・ギターが奏でるドラマチックでコンテポラリーなロック・ナンバー。キースの自伝によれば「君と一緒にいる姿は絶対に見せられない…危険すぎるんだ、ベイビー…」とはブライアン・ジョーンズと交際していたアニタ・パレンバーグをキースが寝とった禁断の恋のスリルと苦悩を懐古した曲のようです。
Almost Hear You Sigh
キースとスティーブ・ジョーダンが共作したソロアルバムから流用曲をミックが歌うソウル・バラード。「Talk is Cheap」で特徴的な男声によるうめき声のようなコーラスはここでも顕在です。
Continental Drift
大陸移動説?プロミングしたベース・トラックに、モロッコ現地のジャジューカ楽団を起用した音源を被せたそうですが、エレクトロニクスの膜が厚く、あまりエキゾチックな感じはしない。ブライアン・ジョーンズのソロアルバムへのオマージュ。
Break the Spell
ミックのブルースハープはいつも通り素晴らしく、セクシーで妖しいボーカルにはブルースを感じますが、ロックとして消化しきれていない中途半端さを感じます。
Slipping Away
キースの深く渋いボイスで歌う愛と別れの美しくも虚ろなバラード。この歌詞の世界観と曲想は一つの最高到達点かも知れません。曲としては得意なカントリー調ですが、アルバムに基調に合わせゴージャスなアレンジが施されている。素晴らしい曲です。
あとがき
販売初日に手に入れたチープなイラスト・ジャケットにはがっかりしましたが、我々日本人にとっては初の来日公演が実現した、当時最新のスタジオ・アルバムとして思い出深い一枚です。先行シングルの”Mixed Emotion”を越える曲はないだろうと思っていたので、”Sad Sad Sad”のイントロを聴いた衝撃と喜びは忘れられません。劣化した”Rocks Off”のイントロと言うのは私だけかもしれませんが、東京ドームでも演奏されたストーンズにとっても自信曲だと思います。これも言い過ぎだと思いますが、ニューヨーク・ドールズの”Personal Crisis”を思い出すのは私だけですかね。
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