1978年リリースされたローリング・ストーンズの14枚目のスタジオアルバム。イギリスでは最高2位、アメリカでは2週に渡り1位を記録し、現在までに600万枚を売り上げる大ヒットを記録。ストーンズのオリジナルアルバムの中で最も売れた作品。ミック・テイラーの後任として加入したロン・ウッドがフルで参加した最初のアルバム。キースとアニータのヘロイン密輸所持容疑で足止めを余儀なくされたミックは、ニューヨークでの滞在を満喫し、ディスコ通いで大きな刺激を受けたそうです。
1970年代のパンク・ムーブメントの中、ストーンズを初めとする旧世代のミュージシャン達は新ジャンルのミュージシャンたちに標的にされてきた。パンク・ロッカー達はストーンズを旧世代の代表として攻撃し、ミック・ジャガーはその挑発を蹴散らす決意を胸に、彼らへの回答としての世に問うたのが本作「サム・ガールズ」。本作はパンク、ディスコにほのかなカントリーとソウル風味をストーンズ・スタイルにアダプトした作風。

- Miss You
- When the Whip Comes Down
- Just My Imagination (Running Away with Me)
- Some Girls
- Lies
- Far Away Eyes
- Respectable
- Before They Make Me Run
- Beast of Burden
- Shattered
1. Miss You
ストーンズの70年代を代表する”Miss You”は、ビルボードで全米1位を獲得。ビリー・プレストンの叩くディスコのリズムに合わせたジャムから曲に発展したそうです。リズムは4つ打ちディスコですが、ブルージーでストーンズらしい仕上がり。ミックを含む3本のギターは絡み合いながら断片的なフレーズを弾き、リズムを刻む。ミックのファルセットとロンの声が目立つ男声コーラスと怪しい音色のハーモニカやサックスの旋律はムードたっぷりでブルージーな雰囲気を醸しだす。ストーンズの軸をぶらすことなくディスコビートを取り入れた試みは大成功を納め、新たなストーンズの定番スタイルとなる。最新作2023年の「Hackney Diamonds」でも”Mess It Up”でディスコ調は健在です。
レコーディングには、エレピのイアン・マクレガン(フェイセス)、サックスのメル・コリンズ(キング・クリムゾン)、ハーモニカのシュガー・ブルーが参加している。確かシュガー・ブルーは自身のソロ・アルバムでカバーしていますね。
2. When the Whip Comes Down
ニューヨーク滞在記のネタとしてSMやゲイというと、ヴェルベット・アンダーグランドの影響はあるのかも。路上での奉仕活動や生活保護ネタにママも安心なんて歌詞はストーンズらしいユーモアを感じる。『サッキング・イン・70s』でこの曲のライブ・ヴァージョンが聴けるが、演奏としてはルー・リードが演奏する”I’m Waiting For The Man”との類似性を感じる。最近キースがルー・リードのトリビュート『The Power of the Heart: A Tribute to Lou Reed』でこの曲を取り上げています。
3. Just My Imagination (Running Away with Me)
ストーンズは、4つ打ちビートで複数のギターがドライブするハードなロッキン・ソウルにアダプトしている。原曲の ”淡いはかなさ” を完全に切り捨てたギター・バンドらしいアレンジは、ハードさでホール&オーツを遥かに凌駕する。
The Temptations [Sky’s the Limit]
ノーマン・ホィトフィールド作で71年テンプテーションズのヒット曲。邦題は「はかない思い」。ファルセットのエディ・ケンドリックスが歌う穏やかでとろけそうな曲。私はテンプスのオリジナルが大好きです。現在の感覚だと内気な男性の脳内妄想恋愛シュミレーションですが、71年当時はキャロル・キングに代表される内省的なムードの曲が出始めましたからね。この曲もビルボードで1位を獲得しています。
4. Some Girls
奔放な性に女性軽視の視座や黒人を揶揄する表現はあるが、改めて聴けば自虐的でユーモアさえ感じる歌詞。メロディに何かマジックがあればと思っていましたが、ジャム・セッションで身近な女性経験を即興でのせた荒削りさが魅力の曲ですね。シュガー・ブルーのハーモカが良い味を出している。最新ヘアカタログのようなデザインのアルバムジャケットの初版はマリリン・モンロー、ブリジッド・バルドーら有名女優の肖像が無断で使用されたそうです。女優らから法的措置を取られ、改訂を余儀なくされたセカンドプレスからはメンバーの派手なドラッグクイーン仕様になってしまった。この曲があるからジャケットはああなり、差し替え騒動になるという顛末は正に悪夢でジョーク。今に思えば、改めて曲の良さを知るのと同時にこういう曲が収録されて本当によかった。
5. Lies
パンクの影響はありますね。ここまで激しく言葉を喚き散らすスタイルはデビッド・ヨハンセンのようで、どうせならニューヨーク・ドールズへのオマージュだと思いたい。ジャケットが女装に化粧のドラッグクイーンであるように、若干ドールズに寄せに行っている気がします。

6. Far Away Eyes
ミックがカントリー発祥の地、カリフォルニア州ベイカーズフィールドをドライブ中に聞いたゴスペルラジオ局から着想を得たそうです。この曲ではミックは南部のアクセントで歌い、遠い目をした女性とゴスペルラジオ放送を通じた信仰の在り方をユーモラスに表現しているが、歌い方や内容にはジョークが含まれており、カントリーミュージックのパロディとして楽しむ曲です。
7. Respectable
チャック・ベリー的ストーンズスタイルにパンクの要素を少しだけブレンド。「はい。ヘロインは問題でございまして、その事実は否定できません。大統領。」ですと。今では大統領とヘロインの話もできる社会的地位を築いた自分自身を自虐的に歌う様は笑えます。パンク野郎にはとても歌えない歌詞ですね。
8. Before They Make Me Run
ヘロイン所持逮捕に対する反応として書かれた曲でキース・リチャーズが歌う、キースにしか歌えない曲。自身の信条が垣間見られるタイトルと歌詞が秀逸で、私も一時期 ”Before They Make Me Run” を座右の銘として考えたことがある。「人に言われる前にやりなさい」「はい。お母さん」ですけどね。5弦ギターのリフが聴ける従来のスタイルの曲ですが、若干勢いや覇気がないようにきこえます。
9. Beast of Burden
タイトルの解釈は様々ですが「お前と愛しあいたいだけだよ」と言っている。オーティス・レディングやカーティス・メイフィールドらのスタイルを消化したソウル。チャーリーのハイハットが冴える立体的なドラムのミックスをベースに、左右2本のギターが短いフレーズを紡ぐ穏やかな曲調は、ゆっくり体を揺らしてくれる。アルバムの速い曲を終えた後に、あえてスローを試みたそうです。全米8位にも納得です。「スティル・ライフ」で聴けるライブ・ヴァージョンもハーピーなフィールに包まれている。
10. Shattered
マイケル・モンローの「Ballad Of The Lower East Side」(2013)は、彼がかつて住んでいたニューヨークのロウアー・イースト・サイドを懐古した曲。ネズミや吐瀉物、売春婦、ジャンキー、ポン引き、売人がたむろする危険な街の様子が描かれている。ミックとキースにロンが加わり書かれた歌詞は、恐らくマイケルが描いた頃のニューヨークに身を置いたパラノイア的視点で作られている。サウンドはフェイザーをかけたリズムギターや執拗なコーラスのリフレイン、ミックの狂気を帯びた歌いまわしがニューヨークの喧噪をうまく表現している。”Shattered”は過去にないタイプの曲ですが、隠れた名曲だと思います。
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