『エモーショナル・レスキュー』は1980年に発売されたアルバム。全英、全米共に1位を記録した。かつてインタビューに応え、ミック・ジャガーは、このアルバムの半分くらいは冗談みたいなもんだから真剣に受け止めないでと言っていた。どういう意味?と思いますが何となく英詩の意味が分かってくると納得。前作『女たち』の成功を受け、前作で試みたディスコ・サウンドをさらに進化させ、レゲエやダブへもアプローチしたことから実験的作品と見なされるが、ビジネス的には立派な成功作です。
- Dance (Pt. 1)
- Summer Romance
- Send It to Me
- Let Me Go
- Indian Girl
- Where the Boys Go
- Down in the Hole
- Emotional Rescue
- She’s So Cold
- All About You
1. Dance Pt. 1
“MISS YOU” と同じくディスコ調だが、ドラムの刻むリズムはゴツゴツと重くなり、ベースは更に太くなっている。この重いリズムに、ザックリ刻むギターは変わらぬストーンズ調。曲中ミックに言葉をふられたキースは「Ah hun」と汚声で応える。男臭いコーラスに、ミック・ジャガーのハーフ・ラップなボーカル、ターンテーブルやスクラッチも聞こえ、ディスコというよりレゲエのダンスホール的なスタイルを狙っているように思える。私は長年愛聴しているお気に入りの曲である。
2. Summer Romance
タイトルからしてエディ・コクランの “Summertime Blues”の線を狙ったと思うが、明快なフレーズのギターリフがないので、いまいち迫り切れていない。キースとロニーのギターのコンビネーションは軽快で、後期ストーンズに繋がるアンサンブルの萌芽を感じる。このアルバムで数曲あるロックン・ロールだが、次曲も含め妙に明るく軽い。
3. Send It to Me
かつてミック・ジャガーはインタビューでこのアルバムは半分ジョークだから真剣に受け止めないでくれと語った。まさにこの曲、レゲエのリズムでジョークのような歌詞を披露するパロディである。
4. Let Me Go
このアルバムのロックな曲の中ではライブでも取り上げているストーンズ流ロックの名曲。勢い任せではなく余裕をもったスピード感?ゴリゴリしたギターリフは、安心のストーンズ印。ルーズな展開を含む練られた構成で最後まで飽きさせず聴かせてくれる。歌詞は終わった男女関係への皮肉と自嘲、ユーモアとジョークに満ちた歌詞。真面目に背景や曲を議論しないでくれとは、こういうことだと思う。
5. Indian Girl
ジャック・ニッチェ アレンジのマリアッチ風の管も登場し、中南米風の雰囲気を醸し出す。ヌエバ・グラナダ共和国は過去に実在した国。チェ・ゲバラも登場。時間軸に関わらない戦争孤児にまつわるメッセージ性のある歌詞。ワールド・ミュージックの雰囲気ありきで悲しい物語を仕立てたのだろう。政治的背景や曲の成り立ちを真剣に議論してはいけない、トピカルソングの姿を借りたジョークでしょう。
6. Where the Boys Go
このアルバムでいくつかあるロックン・ロール曲。「サム・ガールズ」のアウト・テイクでしょうが収録された ”Respectable” に比べればクオリティは落ちる。この曲はプロモ・ビデオが作られている。アルバム・ジャケットに採用される赤外線カメラを通したメンバーの演奏です。
7. Down in the Hole
真面目に歌詞のメッセージを解読してもしょうもない。穴にはまったら、今だと沼にはまったらどうな気分だい?と問うブルースの定型を借りたパロディ。”ミス・ユー”でも吹いたシュガー・ブルーのハーモニカが雰囲気を作っている。これも「サム・ガールズ」のアウト・テイクかな。
8. Emotional Rescue
ミック・ジャガーがクネクネと体を揺らし、媚びるような甘い声で「ドツボにはまって泣いているお前の魂を救ってあげよう」とファルセットで歌う。内容は輪郭のあいまいな愛と救罪について。ボーカルスタイルはマービン・ゲイやプリンスを彷彿とさせるが、ジャガー自身はドン・コヴェイの影響だと言っている。ロン・ウッドによる反復するベースの低音と甘いコーラスのリフレインが、脳内で眩暈のように反復する。かつてプラスティク・ソウルと揶揄されたミック・ジャガーのいかがわしさが全開である。共同プロデューサーのクリス・キムゼイはジャガーのファルセットを「気取っている」と酷評。キースは「ストーンズの曲としてベストといえたものじゃない」とこちらも酷評。アルバムに先行するシングルとして発売され、英米ともに1位ではないが9位と3位を記録するヒット。
9. She’s So Cold (氷のように )
タイトルにかけて、冷蔵庫の中で演奏するというコンセプトが秀逸なプロモビデがかっこいい。時代はパンクやニューウェーブを迎え、すでにおじさんレベルのストーンズの面々が若くクールである。バハマ ナッソーのコンパスポイントでの録音は、この時代特有の少々レゲエやダブの感触を感じるクールな音作りでグレース・ジョーンズのロキシー・ミュージックのカバー曲 ”Love is the Drug” はこの曲によく似ている。隙間のある空間をクールに切り裂く2本のギターの絡み、輪郭の効いたベースラインとクールでホットなドラムはダンサンブルだ。クールに反復する序盤から徐々に熱くアドリブの効いた展開と歌唱は典型的なストーンズ流ロックンロールである。「俺は燃える火山のように熱いのに、彼女は凍るほど冷たい」なんて歌は素敵じゃないか。この曲があるから後のアルバム「Undercover」の “She was Hot” がある。このプロモビデオも最高に笑える。
10. All About You
アルバムの最後を締めるアニタ・パレンバーグとの別離を歌ったストレートなバラードをキースが切実に歌う。今に至るまで評価は高いようだが、バラードを聴かせるには当時のキースの声が弱すぎる。ボーカリストとしての進化はソロアルバム88年の「Talk Is Cheap」まで待たねばならない。メンフィス・ソウルに迫った”Make No Mistake”、カントリーバラードの”Locked Away”、アップなら 「Steel Wheels」のゴージャスな ”Can’t be Seen“もいい。
あとがき
コンパスポイントスタジオで録音した70曲以上から厳選した10曲だそうですが、ミックが言うにはほとんどが「サム・ガールズ」のボツ曲らしい。いい曲があるので個人的には好きなアルバムですが、厳選と言うわりにはクオリティの落ちる曲が納められているのでミックの証言は納得できる。このアルバムから2曲のプロモビデオが収録されたジュリアン・テンプル監督編集の84年「VIDEO REWIND」が忘れられない。youtube時代では存在価値がないかもしれませんが、ストーリーに面白みのある素晴らしい編集作品でした。是非再構築していただきた。
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